法的根拠があるかないか
我々弁護士はあくまで、法律のプロです。
そのため、法的な助言は可能ですし、ご依頼を頂いたのであれば、リーガルリサーチにしろ、代理人業務にしろ、責任を持って業務にあたる必要があります(職責を怠れば、依頼者の方から懲戒請求をされることにもなりかねません)。
もっとも、依頼者の方は法律のプロではないので、法的根拠がない(感情論)、あるいは怪しい、主張を行いたい、という場合があり得ます。
この記事では弁護士としてはトホホな事案だったご相談を一例に法的根拠がない主張の危険性をご説明したいと思います。
ある方が会社を退職しました。
その際、退職金が思ったより支給されなかった、とのことで相談にいらっしゃいました。
退職金というのは必ずしも支給されるわけではなく、長期雇用が原則となっている日本社会において、いわば慣習的に支給されているものです。そのため、法的に言えば、会社を辞める際に無条件に支給されるものではなく就業規則や賃金規程に退職金を支給する旨の規定があり、その計算方法についても規定があれば、その金額を請求できることになります。あるいは、そういった規程がなかったにしても、今までの従業員に対して慣習的に支給されていれば従業員から請求できる場合もあるでしょう。
この方の場合、賃金規程には計算式は記載されていたものの、「その計算により算出された金額を基に退職金を支給することがある。」という記載になっていました。
企業法務を取扱う弁護士であれば、この文言はよくとる手法で、退職金についてかなりの裁量を会社側に持たせておくためにこういった文言にするのです。
そうすると、他の従業員について満額支給されていることが恒常化されているような事情があればその旨も併せて主張するのですが、当該会社にはそういった事情はないようでした。
そうすると、弁護士としての見立てとして、請求することはできるとしても、満額の支給が当該依頼者の方の権利として保障されているとは言えず、計算式にのっとった請求を行う旨の書面を作成しても、満額は法的権利としては取れるとは限らない、との助言を行った上で満額の支給がなければ労働審判を起こす、という内容の書面(本人名義)を作成しました。
当該書面が会社に届いた後、会社からは満額ではないものの、6割程度の支払いの提示があったのですが、その依頼者の方は、あくまで満額の支給にこだわってしまい(その間私への連絡もありませんでした)、結果として会社は追加の退職金の支払いの提示を撤回してしまいました。
弁護士費用等を含めて考えると、弁護士を使って労働審判を起こすとコスト倒れになる可能性もあり、その依頼者の方は結果的に損をしてしまったのではないかと思います。
法的根拠があれば強気の交渉で構わないのですが、一旦相手方が折れてきたからといって、強気で押し通すと最終的に損をしてしまう可能性もあります。プロの助言は、一応耳に入れておいてもらえると幸いかなぁ…と思う事案でした。
2022年1月15日 ご執筆c様
(※ 掲載内容は、執筆当時の情報をもとにしております)